やおい穴イベント(後編)

 http://d.hatena.ne.jp/mtblanc/20140116 のつづき。長文です。

 昨日のイベントは楽しかったですねー。サクサク進んでいるのに、ぜんぜん時間が足りないという高密度なものでした。皆が言っていることと思いますが、女王様の実体験から来る知見の重みが印象に残りました。
 BLまんがの性描写のおさらいあり、個人的体験に基づく話題もあり、個人的なものと公にされているものとの接続がよかったと思います。性的な産業について語るとそうならざるを得ないという側面はあると思いますが。

 イベントのtogetterまとめは下記。
 http://togetter.com/li/617069
 
 ひとつ余談的に。二村さんが「前立腺を開発してくれた人を好きなのかも?という錯覚が生まれることも」という話があったのですが、まさにその内容の小説があり、*1「へー」と思ったことでした。



 
 私が今回、BL小説を読みながら何をメモしていったかというと呼称を中心とした穴描写です。
 自分で言うのもなんですが、この内容はそれなりにおもしろいと思います。しかし、これでBL小説の何かがわかるというものではないというのはご承知いただけると幸いです。

 この表は下記のようなものです。

・51名の51冊から穴表現を書き抜いたものです。*2
・白峰彩子が簡単に確認できる単行本から情報を取ったもので、採集範囲は恣意的でデータとしては不完全です。
・メインの濡れ場の性器挿入シーンを中心に特徴的と思われるものを採っています(恣意的です)。よほど特徴的な表現でなければ1冊につき5〜10ヶ所程度をめどにしています。
・所有している作家・作品に偏りがあると思います。「なぜこの作家さん?」「なぜこの作品」という疑問が湧くかと思いますが、物理的制約があったため、どうしようもないのです。これは本当にすみません。スルーしてください。
・例えであげたものも「たまたま」ですので、引用された部分については納得いただけない場合があります。
・入力ミスを修正したりしたので、イベントで公開されたものと数字が少しちがっています。

 とりあえず結果をご覧ください。
 

 

穴の名称分類 件数
(388件中)
 
形容詞、比喩表現、短文 107 28% 二語以上
一語で暗示 143 37% 局部、内側、中
なし 47 12% どこに入れたのか明示なし
代名詞 35 9% そこ、あそこ、ここ
造語 29 7% 後孔、肉襞
- 16 4% 挿入シーンなし
人名 6 2% 攻もしくは受の名前
一般的な名称 5 1% アヌス
*3
 
 この表は「どう記述されているか」を虚心坦懐に読んでいったもので、現実とちがうからどうこうするものではありません。
 また、なぜずばり肛門ではなくやおい穴と思わせる描写なのか?という疑問の解決はめざしていません。
 ただ、悩みもあって、読み取るのが人間である以上、完全に機械的にデータをつくっていくことはできません。「蕾」だと「一語で暗示」ですが、「(人名)の蕾」だと「人名」もしくは「形容詞、比喩表現、短文(二語以上)」とも考えられれます。私はこういうのはだいたい「一語で暗示」にしています。複合型をどうするのかは最後まで悩みました(ので、ブレがあります)。描写の分類の立て方がそもそもまちがっているのかもしれません。

 項目別に見てみましょう。

一語で暗示(37%)

 最大派閥です。「うしろ」「中」「内部」「孔」といった一般的な国語辞典に掲載されている単語を転用している表現です。
 

形容詞、比喩表現、短文(二語以上)(27%)

 第二の派閥です。しかし、これはどう扱っていいのかよくわからない二語以上のものを寄せたものなので多くなるのは無理もありません。
 この項目を立てた時には、こういうのを想定していました。

拡げることも慣らすこともしていない部分
『紅楼の夜に罪を咬む』(和泉桂/幻冬舎 リンクスロマンス/2007年8月発行)p.138

奥の感じやすい部分
シナプスの棺 下』(華藤えれな/幻冬舎 リンクスロマンス/2006年10月発行)p.190

 動作や主観が入った描写です。
 ところが、下記のようなものが出てきて悩みました。

体の中
世界一初恋 吉野千秋の場合2』(藤崎都/角川 ルビー文庫/2008年11月発行)p.57

 こちらは、あまり主観や動作が入っていない書き方です。この場面でしたら、「体の」はつけない作家さんもいらっしゃと思います。が、藤崎さんはそうされていないのでそれを尊重。
 というようなことから「二語以上」という観点を導入。上2つと下の1つ以外に、その中間にあたる表現を含めることとなり、さまざまな描写入ることになりました。

なし(12%)

 裏の最大派閥。
 どこに入れたのか明示しないタイプです。今回のようなやり方だと、「ある」のカウントが優先されてしまい、「ない」はカウントできません。なのでこういう数字になっています。
 どういうものがカウントされているかというと、挿入シーンでの穴描写の省略されているものを「なし」主にカウントしています。たまに挿入は指の場合もありますが。このあたりもテキトーなんですすみません。
 でも、大半の「なし」がスルーされているのは本当で、これが最大派閥なんじゃないかという推定はそんなにまちがっていないと思います。

代名詞(9%)、人名(2%)

 このあたりは説明不要かと。

造語(7%)

 一般的な国語辞書に載っていない単語を使用しているものです。「後孔」「最奥」「後腔」「肉襞」「内襞」などがありました。*4

-(4%)

 挿入描写がないものです。
 本当にセックスしていないものから「ひとつになった」*5までといったカンジ。

 これは、短編、長編をまぜている(ショートショートはおまけの場合があり、エロシーンがない割合が高く、長編と一緒に扱うと問題あるかもしれません)ためにこの数になったと思います。

一般的な名称(1%)

 「アナル」「肛門」といった穴を指す言葉として一般的な単語を想定して項目を作りました。が、今回の51冊の中では『わたしが死んだ街』(神崎春子竹書房 麗人ノベルズ/1996年6月発行)の「アヌス」だけでした。神崎春子さん自体が1ジャンルという作家さんなので、BL調査に含めるのは妥当なのか問題がありますが、神崎さんに限らずSMを扱った作品には穴描写が多いので、1つとはいえ入れたのはいいかなと思っています。



 
 やっていけば、やっていくほどわかったのは「直接描写が少ない」ということでした。ただし、SMだと穴描写は欠かせないので別枠と考えます。
 半分くらい作業したところで、「これは肛門ではないな」という感触がしました。

 まず、「いや、肛門はそんな機能ついてないから!」とツッコミたくなる描写があります。そもそも穴については「狭い」程度以上のくわしい描写が少ないのです。これは大半の作品が受視点なので、自分の穴が他人と比べてどうなのかとか、攻にとってどう「イイ」のかとかってわからないんで、当たり前といえば当たり前です。少ない描写の中でよくあるのが「自分の意のままにならない挙動」です。たとえば下記のようなもの。

ひくつくそこが自分の意志とは裏腹に思いきり風間を締めつけてしまう。
『挑発の15秒』(秀香穂里徳間書店 キャラ文庫/2005年1月発行)p.209

 実在の肛門や直腸について描写している訳ではないので、この手の描写のリアリティについては考えません。考えたいのは「この文章で何を書きたいのか」ということです。おそらく快楽の深さ(から来る気持の深まり)です。BL小説のエロシーンでは受の快楽はほぼどの作品でも追及されます。なぜなのかよくわからないのですが、「挿入の痛みを上回る幻想が必要」ということではないかと漠然と思っています。*6

 痛みを上回る快楽への追及は深いです。声や乳首や前立腺が「必ず感じる万能ボタン」としての役割を果たしてきました。*7特に前立腺の描写は目立ちます。たとえばこんなん。

手の甲が狭間につかえるのもかまわずに指を伸ばし、さぐるように壁をつつき上げて、平を狂わせる場所をじきに見つけ出した。
『ご主人様と犬』(鬼塚ツヤコ/リブレ ビーボーイスラッシュノベルズ/2007年6月発行)p.250*8

 
 「前立腺」という単語を使っているのは今回見たうち2作品でした。なので、それ以外の作品は、肛門に似たやおい穴のように前立腺と似た別物の可能性はなくもないです(笑)。


 そして何より、アナルであることの確実な描写がない。*9
 もちろん、「小さな入口」*10や「後腔」*11などと書かれているものが何なのか捕えることによってだいぶ変わるかと思います。これらを「アナルに決まっているだろ」と読むか「そうは書かれていないので、別物である可能性もあるのでは?」と読むか。もっと発想を逆転させて、「代名詞で呼ぶのは「そこ」に名前がないからではないか」と考えることも可能です。
 そして、「入り口」「入口」*12という描写は少なくないです。出口機能が必須の器官をかりそめにも「入口」と呼んでいいものだろうか?という疑問が。
 
 ということで、51冊見てみた結論も「これは肛門ではないと思われる。少なくともそのように描写されていない」ということになりました。

 今回の作業は楽しかったです。また機会があったらもう少し「妥当な対象は何か」というのを考えてからしたいと思います。
 



 
※約一年後の補足があります。分泌される液体についてです。興味のある方はあわせてご覧ください。
  http://d.hatena.ne.jp/mtblanc/20150204
 

 

*1:『オヤジだらけのシェア生活』(松雪奈々/二見書房 シャレード文庫/2011年10月発行)

*2:50冊にしようとしたら、かぞえまちがえてました……。すみません。こういう算数のできない人がせいいっぱい数えてみたのがこの表ということで。

*3:この一覧ではわかりませんが、51冊85作品中、12作品は「エロシーンなし」or「挿入描写なし」です。「1作品」とは目次にタイトルがあがっているものです。目次にはないけどそれぞれのタイトルがついた章立てあるものは「1冊1作品」。「No.3」「No.4」のような番号のみだけで、個別タイトルがついていないような小説でも目次に書かれている場合は「1冊複数作品」としています。データ数が388ですから、1作品あたり5〜6個のデータをとっていることになります。

*4:「最奥」は「一語で暗示」に初めは入れていましたが、後に「造語」にしました。イベントで「一語で暗示」の例として読み上げられましたが、現時点では「造語」に移動しています。すみません。今日改めて見直し、「最奥」はすべてこちらに移動してあります。

*5:「搭」(岡本賢一、笹生撫子/『趣向』収録/テイアイエス デディ文庫/2003年10月発行))

*6:根拠なし。もちろん、他にもいろんなものが追及されていますが、今回はお題と関係ないので割愛。

*7:ドライオーガズムは一瞬流行の兆しを見せましたが、ほぼ消えました。

*8:「平」は受の名前です。

*9:後半の作業中に「アヌス」が出てきましたが、『わたしが死んだ街』(神崎春子竹書房 麗人ノベルズ/1996年6月発行)のみです。案の定というかでSM作品。

*10:『昼となく夜となく』(ひちわゆかビブロス ビーボーイノベルズ/2004年4月発行)p.146

*11:『恋 私立櫻丘学園寮』(橘紅緒/大洋図書 シャイノベルズ/2006年4月発行)p.208

*12:388件中19件。

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