「月がみてる」「受が桜にさらわれそう」についてのメモ

※長文です。

 BLで定型イメージがあるシチュで「受が桜にさらわれそう」「月がみてる(+「みせつけてやろうぜ」)」というのが話題になっているようです。「小説道場にありませんでしたっけ」と話題をふられたので考えてみたいと思います。

 まんがでもよく「最初に××したのはどれ?」というのがあり、たとえば「パンをくわえて遅刻遅刻」があります。はいぼくさん @highok の調査した範囲では本村三四子の作品が最古のものだそうです。しかし、これはコッペパンだそう。おそらくがつきますが、皆のイメージする「パンをくわえて遅刻遅刻」は本村さんの絵ではないのではないでしょうか? 源流をたどるのは大事だけど、広まったものと直接的には関係がない場合が多いと思います。

 私の考えでは、表現において「これが最初」というのを特定することは意味がないとは思わないけど、特定はむずかしく、かつ労力の割にあまり意味がないと思います。大事なのは広まった時期やその要因だと思います。
 前世紀にすでにあったとは思いますが、「受が桜にさらわれそう」「月がみてる」が広まったのは、私の感触ではネット時代に入ってからです。これ以前の発掘は同人誌やパソコン通信をよく知っている人でないとムリだと思います。

「月がみてる」

 「月がみてる(+「みせつけてやろうぜ」)」のイメージが定着したのは2ちゃんねるの「ヘボい本を読むと」スレッドではないかと思います。このスレッドが立ったのが2000年です。
 で、「月がみてる」は「ヘボい本を読むと」の374に登場します。

https://web.archive.org/web/20030625183458/http://f7.aaacafe.ne.jp/~hebon/hebon_thread/hebon01.html

374 名前:>371 投稿日:2000/01/14(金) 00:27
「…桜が見ている…」
はここから始まったと言っても過言ではないですね。

応用編で
「月が見ている…」
「夜が見ている…」
「空が見ている…」
「犬が見ている…」(いやこれは冗談)

私にはこの良さはわからんです。
おいおい、大丈夫か? って突っ込みは当時から入れてました。

 ちなみに、371に受と桜のとりあわせが出てきます。

371 名前:WINGで申し訳無いんだけど、 投稿日:2000/01/14(金) 00:09
沸しマーズが桜の花びらの舞い散る中、
「あんた・・・」とかなんとかのたまうのを、
色グロが「綺麗だな・・・」とか言って抱きしめるパターンの話。
他のジャンルでも似た様なのを見かける度、
この設定ってそんなに良いものなのか??と悩んだ。


「ヘボい本を読むと3」
https://web.archive.org/web/20030625184531/http://f7.aaacafe.ne.jp/~hebon/hebon_thread/hebon03.html

437 名前: 鑑定希望 投稿日: 2000/05/13(土) 01:31
球漫画(あ、前にも出てるか)の留花ー。コピー誌でしたが。
なんつーか…設定はロミジュリ、かなあ。大財閥の息子という設定の留河と
(このへんがすでにヘボン?)元華族の令嬢春子との婚約披露パーティー
憧れの春個の姿を一目見るためもぐりこんだ華路。しかし出会って1ページで留と花は恋に落ち(早)
次のページでは庭の片隅でコトに及ぶ始末(いきなし青缶…いや、それより花よ、春個はどーした)。

で、押し倒され、「あ、いや…月が見てる」と言って恥らう花路(偽)に向かって、
留河はにやりと微笑んで(←原文より抜粋)そっと耳元で囁きました。
「そんなつれないことを言う奴は、月に代わっておしおきだな、どあほう…」
花路ーーー!!ダマされんな!!! そいつは留河じゃねーーーーーー!!
…と、月に向かって叫んだうら若きあの日の私。
1ページに18行一段打ちという、大変風通しの良い本だったため、そのセリフはくっきりと目に焼き付きました……(はう)

いや、それより何よりこの本の一押しヘボンポイントは、
実はこの話は未完だということだ(死)。
その後「春個との話は無かったことにしたい。花路と結婚する(できねーよ)」と家族中の前で宣言する留河に
周囲は猛反対。しかしそんな中、颯爽と現れたのは、謎の英国紳士その名もアキラ=センドー(爆)!!
身を引こうとする花路の前にひざまずき、「お迎えにあがりました、花路様。
あなたは実は、英国のとある貴族の血を引く最後の一人………」

………ここで切れてるんだ。続きがあるらしいんだ。しかしまだ出てないみたいなんだ………(うう)
偽留河のその後がめっちゃ知りたいよー………(間違ってる、私?)

438 名前: きたっ!>437 投稿日: 2000/05/13(土) 01:34
そ、それは「タワシがシャア」に次ぐ伝説のへぼん、
「月が見てる」(タイトル名にあらず)では!!!
437さん、それは過去に既出なのですが、
詳細を拝見したのはアナタのカキコが初めてです。
発掘、おめでとうございます!

 ということで、初出かどうかはともかく「月が見てる」がネタとして消費されたのはスラダン同人誌の時点で認められるようです(1990年代半ば〜後半くらい?)。

「ヘボい本を読むと・6」
https://web.archive.org/web/20030407155527/http://f7.aaacafe.ne.jp/~hebon/hebon_thread/hebon06.html

746 名前:…投稿日:2000/08/16(水) 02:27
夏コミの収穫物の中に「月が見ている」を発見してしまいました。

 このころはまだテンプレとして認識している人はいたけれども多くはなく、とテンプレと思わず真面目に使っている人がけっこういらしたんじゃないでしょうか。
 
(月日は流れ。2004年に飛びます。)
 
 「月がみてる」については、ネットで確認できる範囲では砂糖水さんの「櫻のとき」が最古のものかと思います(注意:男女エロあり。フルバ二次)。
http://douteki.web.fc2.com/gallery.html
http://douteki.web.fc2.com/sakura.html
http://douteki.web.fc2.com/top.html
https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=2201924

「月がみてる」
「――みせてあげればいいじゃないですか。月なら・・・」

 典型的な作例です。「櫻のとき」の更新は2006年以前ではあるけれど、いつ更新されたものかは特定できません。*1書かれたのはさらに前と推察されます。

 もちろんこのころはテンプレとしてとりあげる例もあります。

・妄想やおいニュース「わいせつ:男子中学生に 容疑で男逮捕」(2005年の記事)
http://nice801.net/archives/86

やおいモノでは、野外プレイで「月がみてる・・・」、というような「みてる系テンプレ台詞」があります

 ちなみに「国会議事堂がみてる」*2の『恋愛派閥』(華藤えれな)が2004年なので、このころはまだテンプレと思わず真面目に使っている人がいたんじゃないでしょうか。

 こういう説もあります。

・「「受けが桜に浚われそうだ…」 「ダメっ月がみてる…」 これらはどういう意味なので...」(2009年のYahoo!知恵袋)
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1228206972

「受けが桜に浚われそうだ…」
「ダメっ月がみてる…」

これらはどういう意味なのでしょうか。
グーグルなどで調べてみても、所謂BLに関係がある言葉ということしかわかりませんでした。

2ちゃんねるの「801板」の「この表現はいいかげんにもう飽きた」みたいなスレッドが発祥だったと思います。
使い古されていて萎える表現の二大巨頭、みたいに言われていて、BLで表現がダメな作品を評するときに「受けが桜にさらわれちゃうような文」とか言います。

 ということで、「ヘボい本を読むと」とは書かれていないので、私が知っている範囲だと「ヘボい本を読むと」ですが、ちがう可能性もあります。*3
 ただ、「ヘボい本を読むと」の説明として下記のものがありますので、事実とちがうかもしれないけど、まちがってはいないというところまでは行っているかと思います。
 
さわやかな朝の挨拶のガイドライン 第四章
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:dVG3YBpUNKEJ:www.logsoku.com/r/gline/1091459992/+&cd=7&hl=ja&ct=clnk&gl=jp&client=firefox-a

75 : 水先案名無い人[sage] 投稿日:04/09/07 00:06 id:umGTNBmA [1/1回]
「たわしがシャア」
「二番もあるんだぜ!」
さわやかなへぼんフレーズが、淀んだスレこだまする。
ビーフシチュー様のお庭に集う腐女子たちが、今日も天使のような無垢な笑顔で
背の高い門をくぐり抜けていく。
汚れまくった心身を包むのは、へぼんサーチのどどめ色のオーラ。
現役ジャンルはさらさないように、生物には蓋をするように
ゆっくりと発酵してから語るのがここでのたしなみ。
もちろん、飲食中にスレをみて、飲み物を噴出すような
はしたない住人など存在していようはずもない。

「へぼい本を読むと」。
2000年1月11日創立のこのスレッドは、
もとは1のの「ヘボい本を読むとおなかがモニョモニョします」の書き込みから始まったたという
伝統ある報告系のスレッドである。
同人コミケ板。乙女の妄想の面影を未だに残している厨の多いこの板で
へぼん神 (飛来権似)に見守られ、
「月がみてる…」から「クリスタライズ」までの一貫教育が受けられる腐女子の園。
時代は移り変わり、サーバーががohayouから10回以上も改まったcomik6の今日でさえ
22スレも読み続ければ温室育ちの純粋培養へぼんハンターがが箱入りで出荷される
という仕組みが未だ残っている貴重なスレである。

 
 雑まとめ。 
 
・スラダンのころ(1990年代半ば~後半?)には「月が見てる」は同人誌ですでにネタとして消費されていた。
・2000年に「ヘボい本を読むと」のスレッドが立つ。最初のスレッドに「月が見ている…」が登場。
・2000年代前半くらいまではマジとネタが混在。
 
 

「受が桜にさらわれそう」

 こちらはむずかしいです。「へぼい本を読むと」スレッドでは桜の出てくる内容は書き込まれていますが、「受が桜にさらわれる」というのはないように思います。少なくとも頻出ではないと思います。「桜が見てる」のほうが多い印象。しかし、2004年に「へぼんなお題30」が作成される際には2番目にあげられています。*4 *5
 このイメージはどこから来たのでしょうか?

「ヘボい本を読むと・21」
https://web.archive.org/web/20060309090008/http://f7.aaa.livedoor.jp/~hebon/hebon_thread/hebon21.html

249 :名無しさん@どーでもいいことだが。 :04/04/12 15:43 id:QxtgcUwR
ところで洒落でへぼんなお題を考えてたんだが、
4つしか思い浮かばなかったスレ住人として失格な漏れ・・・(´・ω・`)
よかったら誰か追加してホスィ。
いや、誰が書くねんという話なんだが・・・w

1.月が見ている
2.桜にさらわれてしまうかと思った
3.俺のスゥィートエンジェル
4.どれだけ汚されても穢れない君

 どれだけ広まっていたかともかく、このころテンプレとして認識している人がいたのは確実なようです。

 また「やおい用語の基礎知識4」というスレッドでも下記のように書かれ、へぼんスレが広めたものという印象があるようです。

841: 風と木の名無しさん [sage] 05/10/22 04:07 id:aO8Px+3F
「桜にさらわれる」って何か出典があるのですか?

842: 風と木の名無しさん [sage] 05/10/24 18:04 ID:3EIx2II3
【語源】たぶんへぼんスレあたり。
【出典】不特定多数で「ある」としかいいようがない。
(用例)桜の花びらの舞い落ちる中、受けはただ呆然と立ちすくんでいた――
攻めは急に不安になり、受けを後ろから抱きすくめながら言った。「お前が……桜に攫われるかと思った」
【語義】主に受けの儚げさを表現すると同時に、攻めのそこはかとない頭の悪さを暗喩する。
即ち、どんなに作者がシリアスのつもりであろうと、そこにいるのは単なる『バカップル』である。
(類義語)「月が見ている」

わかっちゃいるんだが萌えてしまう厨設定★4厨め
http://webcache.googleusercontent.com/search?q=cache:-Wku8H5BE2gJ:www.logsoku.com/r/801/1072722426/+&cd=1&hl=ja&ct=clnk&gl=jp

5 : 関連コピペ[sage] 投稿日:04/05/11 23:11 id:mThEjO/Y [4/4回]
「皆さーん、元気ですかー!!」「それでは早速、イってみよ〜!!」
「ハイ!」「8・0・1・厨!!!」
「学園パロディ」「狂気な執着」「氏にネタ・擬女化にえっちなお薬」
へぼんが止まらない
「ケコーン」「遊郭」「金持ち×ビンボー」「総受モテモテ争奪バトル」
ズキズキ 厨設定 多分……
2chで厨と 叩かれるたび 萌えが 萌えが 疼くのよ
イ・ヤ・シ・テ・ホ・シ・イ トラウマ Hな消毒で I Want You 
熱いハートの微熱 今すぐ奪ってよ 誘って 触って 初体験で感じさせて
心も 身体も 全部あなただけのもの 眠れないの セツナイ洗脳 All Night Long I Miss You
きっと変われる 素敵な私 男の子でも メイドもナースもメガネも 裸エプロンもあなた次第
愛してください 主従 人外 インテリ893!! 「厨でも……大好き!」
萌えちゃいまーす!
「まだまだいくよぉ〜〜〜!!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「学祭女装で萌えちゃいまーす!!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「桜にさらわれ萌えちゃいまーす!!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「セクシャルハラスメント萌えちゃいまーす!!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「記憶喪失萌えちゃいまーす!!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「触手もケモノも萌えちゃいまーす!!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「源氏状態萌えちゃいまーす!!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」
「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」「萌えちゃいまーす! 萌えちゃいまーす!」
「わかっちゃいるけどー、ハイ!」
「萌えちゃいまーす!」

 というのもありました。過去スレにうまく飛べなかったのですが、「わかっちゃいるんだが萌えてしまう厨設定★2厨め」ですでにこのコピペが使われている模様です。
 
 桜については西行にはじまり、近代以降では梶井基次郎坂口安吾といった決定的イメージがありますが、こちらは攫われるものではありません。狂気とか美とかそんなん。原文が気になる方は青空文庫にありますので読んでみてください。*6

 で、もともとふられた話題というのはこちらで「小説道場にあったのではないか?」ということです。しかし、記憶にある範囲ではありません。こちらもおそらく前世紀からあるかと思うのですが、テンプレとして広まったのはネット時代になってからかと思います。

 多くの人があげているのが「東京BABYLON」(CLAMP)*7で、昴流の祖母が「『桜』に攫われる」と発言。
https://twitter.com/kaneda_junko/status/452805078882086912

 この場合の桜は、花もしくは花の精のことではなく「桜塚」という人物のことなのですが、「攫われる」という表現はほぼここから来ているのではないかと。
 CLAMPさんは桜モチーフがお好きなんじゃ……という気がしないこともない。それが皆の厨2心に刻まれているというか。*8
 
 桜のほうはあんまりパッとしない結論ですが。

・桜の美的イメージを使う表現が散在。
・「東京BABYLON」(CLAMP)で「攫う」という表現が広まる。
・揶揄と愛を含んだ「テンプレ」として広まったのはネット時代以降。

 ということなんではないかと思います。
 
 こんなまとめも。

・『おまえが桜にさらわれてしまいそうで…』
http://togetter.com/li/652073
 



 
2020年5月8日の追記

 「パンをくわえて遅刻遅刻~」についてはさらにさかのぼる証言が。

ほうとうひろし氏による食パンをくわえて登校するキャライメージの元祖探し - Togetter https://togetter.com/li/900834

「食パン遅刻少女」をメジャー化した男・竹熊健太郎が、あらためてその歴史と現状を振り返る - Togetter
https://togetter.com/li/1495650
 



 

*1:https://archive.org/ によると2005年7月以降9月以前の更新と思われます。

*2:ギャグとしての使用ではありません。

*3:ほぼ「ヘボい本を読むと」のことを指していると思いますが、へぼんスレは「萎える」ものだけを取り扱うスレッドではないので断定しません。

*4:「へぼんなお題30」が作成されるスレッド21以前すべて確認。

*5:へぼんなお題30
1  吸血鬼モノ
2  学園モノ
3  超能力者モノ
4  女体化(もしくは女装)
5  結婚(含む妊娠出産)
6  昔出会っていた二人・・・(幼いころなど)
7  記憶喪失モノ
8  遊郭
9  むしろ性奴隷
10 異物挿入
11 動物化
12 とりかえばや(中身の入れ替わり)
13 前世(来世など転生)モノ
14 お医者さんモノ(病気モノも含む)
15 兄弟モノ
16 幼馴染モノ
17 なぜか突然平安(戦国・江戸・フランス革命など)
18 ファンタジー(騎士姫君魔法使い精霊など)
19 死にオチ(バッドエンド)
20 ○○が見てる・・・(ヒロインの同人女化なども)
21 童話モノ
22 イベントモノ(クリスマス・誕生日・その他)
23 天使、悪魔モノ
24 痴漢(強姦など)モノ
25 周囲総ホモワールド
26 受けがどこまでもモテモテハーレム
27 受けがホストor売春(通常の売春モノの逆)
28 ヤクザ(任侠)モノ
29 お薬モノ
30 桜の木に浚われるかと思った・・・
http://www.geocities.co.jp/AnimeComic-Cell/9300/ より。
作成開始時には4番目にあった「桜の木に浚われるかと思った・・・」(表記が2ちゃんの書込みとはちがう)は30番目になっている。

*6:・「桜の森の満開の下」(坂口安吾
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42618.html
・「桜の樹の下には」(梶井基次郎
http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/card42618.html

*7:1990年連載開始

*8:私が桜でパッと思いついたのは「破軍星戦記」の冒頭でしたが、実際に見てみたらそんなに桜じゃありませんでした。